志賀高原・横手山/熊の湯(2021/03/30)

11th. 2021シーズン
志賀高原横手山/熊の湯(2021/03/30)

21年ぶり、志賀高原横手山、熊の湯、遠征である。

久々の三連休、遠征先をどこにするか?直前までかなり悩んだ。まず、薬師カールのリベンジは日数が足りず、また、山中泊の荷を担げるだけの山スキー体力も本調子に至らず却下。白馬鑓・山スキーOneday、八方2連ちゃん、北海道単独・・・など、案は複数あったが、次の三連休が何年後になるのか? という現実問題も踏まえ、また、これまで第二の故郷(全国に多数ある)ともいえる八方の先にあり、ついつい行く機会を逃していた志賀高原横手山、熊の湯エリアを選択した。もちろん単独で行くのは今回が初めてである。

21年前の2000年は、スキー環境が大きく開花したシーズンだった。それまで単独・独学でチマチマと県内のスキー場を、シーズン15日程度滑っていたものが、一気に20~25日の滑走が当たり前となり、県外遠征も増えた。最終的には海外スキー(※行き着くところNZクラブフィールド)や、山スキーにも手を出すようになる、その原点とも言えるのが2000シーズンだったのである。

2000シーズンの内訳ついては、シーズン滑走日数はプラスノーを含め35日と、いまだ過去最高(雪上は32日) そして遠征については、秋のザウスに始まり、年末年始のニセコ、1月の車山、2月の組合の北海道スキー、黒姫、3月の大屋SSの志賀高原、春スキーの野沢温泉、GW八方尾根・・・と多彩を極めた。

なお、余談だが最近の2018シーズンの滑走27日という記録は、雪上滑走日数の記録としては、2001シーズン、2008シーズンの28日に続いて過去第3位。条件さえ整えば、この滑走日数は過去のものでは無い。

さて、志賀高原といえば、人生初のスキーが高校の修学旅行(1981年)での高天原だった。2回目が2000年の大屋SSの打上げ旅行である。もちろん、2000年の志賀高原の際も、初スキーから19年が経過しており、生まれて初めてスキーを履いた高天原やタンネの森を懐かしく感じたのは言うまでもない。夕刻の高天原、人が隠れてしまう程の大きなコブ群・・・そこをボードの藤原さんが軽やかに滑って降りたのが印象的だった。

ある意味、人生初のスキーである1981年・・・そして現在のスキー活動の原点ともいえる2000シーズンに志賀高原を滑っているのは興味深い。
というのも、他のスポーツについてもそうだが、特にスキーに関しては、スキー用具の進歩や自身の滑走技術の向上が伴うから、俄然、滑った当時と風景も違って見えてくるのである。

また、横手山、熊の湯エリアが、映画「私をスキーに連れてって」やNHK「ベストスキー中級編」のロケ地という点も踏まえている。これら映像はスキーを趣味として始めた1988~1989年当時にバイブルとして観てたものである。

そんなこんなで、再び志賀高原を滑るのは、一種の通過指標としての意味を持っているのである。これが今回の遠征先に横手山、熊の湯を選んだ理由であった。

 

Schi Heil !! 2021