兵庫県:氷ノ山越北斜面(1270.0m)2021/04/09

 13th. 2021シーズン
兵庫県:氷ノ山越北斜面(1270.0m)2021/04/09

今季の山は全国的に高所で残雪があり、下部は完全に積雪が消えている状況が見られる。氷ノ山エリアでもその例にもれず・・・であった。夏道(旧伊勢道)に積雪は無く、キャンプ場から1時間8分のアクセス。これまでの最速である。また、スキーを担いで邪魔になり登山道の小枝も整備されており、ストレス無く歩けた。

一方、滑りの方は最悪で、アイスバーンにはじかれて滑りにならない状態。これはチョーオユーとマーキュリーの組み合わせによるもの・・・かも(※過去、度々、経験した)しれない。こういった時、ゲレンデ用スキーだとかなりの安定感をもって滑れるように思う。 

 

Schi Heil !! 2021

 

横手山・熊の湯・私スキ(2021/04/05)

横手山熊の湯スキー場でのロケと言えば、
私をスキーに連れてって」(1987年)

横手山と称した熊の湯スキー場での撮影シーンも多い。

スキーをやってる人であれば、「おいこら~!」という言葉がつい口をついて出て来るようなシーン・セリフのオンパレード・・・
「バーン!」
「池上君、サロットが大変なんだよ」
「この靴でなら、行けると思う」

しかし、その一方で、例えば「銀色のシーズン」(2008年)のようなSFではない、映画制作に際しては徹底的なスキー市場リサーチが行われたという。

代役のトップデモ、渡部三郎や上原由(だったと聞いている)の滑りも逸品で、見応えがある。

ちなみに志賀~万座のツアールートだが、シールが必要な登りが存在するのだった。

初めて滑った2000年シーズンとは違い、山スキー目線で観ると、まぁ、山スキーの装備があれば行けない距離では無いな・・・という印象である。





















熊の湯・ベストスキー中級編(2021/04/05)

先日の横手山熊の湯スキー場といえば「私をスキーに連れてって」(1987年)のロケで有名だが、その前に・・・

NHKベストスキー中級編」1988年12月~1989年3月
 講師:平沢文雄

スキーを始めた頃に欠かさず見ていた番組である。

ロケ地はこの二日間滑った「熊の湯スキー場」・・・

故に、どんなスキー場なのだろう?いつか一度行ってみないな・・等と想像を巡らせたものだった。

ラストの風景がオーストリアやスイスの村にも見えたりで、実際に行って滑ってみると「はぁ、なるほどな・・・」である。

平沢氏と言えば、言わずと知れた、1965年・第7回インタースキーの日本代表デモンストレーターだ。

熊の湯のゲレンデに立つと、平沢氏の、
 「トントン・ツ~~ッ」「トン・ツー」
 「グッ・ポン」「グ~ッ・ポン」
が聞こえてくるようであった。

2000年に大屋SSの打上げ旅行に参加して滑った時は、ほんの半日程度だったので、今回、改めて周囲を観察しながら滑ってみた。

帰宅後、録画が残存している回を観直すと、カメラ位置がよく分かった。




















またしても池江選手(2021/04/05)

昨夜、実家のTVにて、このニュースを知る。
常々、この方のコメントについては、年齢に見合わない?えらくしっかりした方だな・・・と感じていた。

何度かネタにしているが、彼女の場合、レースの際のある程度の戦略(駆け引き)は存在しているようだが、そんなことよりも、むしろ魂が求めるがままに泳ぐことで、それは戦略の発想も含めてなのだが、結果としてその先に表彰台に立つ自分がいる・・・そんな風に見える。

世の中には天才と謳われながらも、ある時から自分を見失ったかの様なスポーツ選手が多い中、彼女は自分の器である自分自身をよく知っているように見える。

僕などは、自分のやりたいこと(予定)に身体(体調)がついてこない事ばかりで、明日の自分が読めない。

もっとも、こればかりは結果の後追い評価だから、今のところ彼女がそんな風に見えるだけなのかもしれないが・・・

それよりなにより、彼女の1年間全く泳げなかったエピソードが、僕にとっては、仕事上の問題で昨季1シーズン、スキーを棒に振ったところに、強く響いて来る。本当に素晴らしい・・・

世間が過剰な期待をしない様、望むものである。

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志賀高原・熊の湯(2021/03/31)

12th. 2021シーズン
志賀高原・熊の湯(2021/03/31)

遠征第2日目は、熊の湯スキー場で動画撮影による滑りのチェックを実施した。今シーズンは滑走日数も思うように伸びず、かなり長期間、映像チェックできてないので、その変質化が心配された。また、「第三の滑り」に関する最終考察も実施する必要があった。
本日は遠征ということで、いつものように午前中で切り上げて、逃げ帰る必要も無く、じっくりと焦らずに確認が出来るはずだ。朝一番はアイスバーンでの「第三の滑り」の対応幅の確認もできる。欲を言えば快晴ではなく薄曇り程度が望まれた。

前日、早々と横手山滑走を止め、熊の湯に移動したのは訳がある。一見して熊の湯は変化のあるゲレンデで面白そうに見えた。

実は、前回の滑走2000年3月の際の熊の湯の印象はあまり良いものでは無かった。しかし、改めて今回、熊の湯を滑ってみて「癒しのゲレンデ」と呼ぶにふさわしいと感じられた。これは第二の故郷・八方尾根の魅力ともまた違ったものである。

センターハウスエリアを中心に、大屋1号規模のゲレンデが4つが取り巻くように並んでいる。この大屋規模(やや急か?)の壁の斜度が絶妙で、実に楽しい。そして壁を滑り終えるとセンターハウスまで広々としたカービング・ゲレンデが続く。凡そ1本あたり12分ほどのサイクルとなる。一方、ナイター設備のある第1リフトの滑走サイクルは約5分。これがセルフ動画撮影・滑走チェックに最適な長さだった。この4種類のゲレンデを撮影しながら廻せば、時間なりの雪質の変化も相まって飽きることがない。延々に廻して滑ることが可能ということである。これは八方尾根等の縦深ゲレンデのロングクルージングとは、また違った魅力になる。

最大の問題はセンターハウスに向けて全てのスキーヤーが集中する点だろう。前回、2000年の印象が悪いのはそのためだった。加えてリフト乗り場前がフラットでなく凹凸があり、リフト待ちの「待ちエリア」が非常に狭い。前回の2000年は、まだスキーバブルの余韻が感じられた時代だったので、長蛇のリフト待ちを避けて第1リフト下を何本か滑って退散したような記憶がある。

また、広々としたカービングバーンは、込み合った際の衝突の危険性が高い。いずれにしても平日の空いたゲレンデで、その魅力が最大限に発揮される感じだ。

 そしてもう一つの問題点が駐車場である。基本、志賀高原のゲレンデというのは、宿泊施設毎の付属物であり、日帰り来訪者を幅広く受け入れる構造になっていない。駐車スペースはおろか、公共のトイレすら不自由する環境となっている(※志賀高原全体が国立公園配下という点もあっての事と思われる) 故に熊の湯を滑るならハイシーズン中の連休期間は絶対に避けるべきだと言える。

 

Schi Heil !! 2021

 

志賀高原・横手山/熊の湯(2021/03/30)

11th. 2021シーズン
志賀高原横手山/熊の湯(2021/03/30)

21年ぶり、志賀高原横手山、熊の湯、遠征である。

久々の三連休、遠征先をどこにするか?直前までかなり悩んだ。まず、薬師カールのリベンジは日数が足りず、また、山中泊の荷を担げるだけの山スキー体力も本調子に至らず却下。白馬鑓・山スキー1day、八方2連ちゃん、北海道単独・・・など、案は複数あったが、次の三連休が何年後になるのか? という現実問題も踏まえ、また、これまで第二の故郷(全国に多数ある)ともいえる八方の先にあり、ついつい行く機会を逃していた志賀高原横手山、熊の湯エリアを選択した。もちろん単独で行くのは今回が初めてである。

21年前の2000年は、スキー環境が大きく開花したシーズンだった。それまで単独・独学でチマチマと県内のスキー場を、シーズン15日程度滑っていたものが、一気に20~25日の滑走が当たり前となり、県外遠征も増えた。最終的には海外スキー(※行き着くところNZクラブフィールド)や、山スキーにも手を出すようになる、その原点とも言えるのが2000シーズンだったのである。

2000シーズンの内訳ついては、シーズン滑走日数はプラスノーを含め35日と、いまだ過去最高(雪上は32日) そして遠征については、秋のザウスに始まり、年末年始のニセコ、1月の車山、2月の組合の北海道スキー、黒姫、3月の大屋SSの志賀高原、春スキーの野沢温泉、GW八方尾根・・・と多彩を極めた。

なお、余談だが最近の2018シーズンの滑走27日という記録は、雪上滑走日数の記録としては、2001シーズン、2008シーズンの28日に続いて過去第3位。条件さえ整えば、この滑走日数は過去のものでは無い。

さて、志賀高原といえば、人生初のスキーが高校の修学旅行(1981年)での高天原だった。2回目が2000年の大屋SSの打上げ旅行である。もちろん、2000年の志賀高原の際も、初スキーから19年が経過しており、生まれて初めてスキーを履いた高天原やタンネの森を懐かしく感じたのは言うまでもない。夕刻の高天原、人が隠れてしまう程の大きなコブ群・・・そこをボードの藤原さんが軽やかに滑って降りたのが印象的だった。

ある意味、人生初のスキーである1981年・・・そして現在のスキー活動の原点ともいえる2000シーズンに志賀高原を滑っているのは興味深い。
というのも、他のスポーツについてもそうだが、特にスキーに関しては、スキー用具の進歩や自身の滑走技術の向上が伴うから、俄然、滑った当時と風景も違って見えてくるのである。

また、横手山、熊の湯エリアが、映画「私をスキーに連れてって」やNHK「ベストスキー中級編」のロケ地という点も踏まえている。これら映像はスキーを趣味として始めた1988~1989年当時にバイブルとして観てたものである。

そんなこんなで、再び志賀高原を滑るのは、一種の通過指標としての意味を持っているのである。これが今回の遠征先に横手山、熊の湯を選んだ理由であった。

 

Schi Heil !! 2021