【プルーク暴言B】010号「勝手にスキーが動く」
前回まで、「自然で楽なスキー」について、その特徴を考察してきたが、今回は「自然で楽なスキー」と、「バインシュピール系」の両方に存在する問題点について話を進めて行こうと思う。
その前に、「体軸を倒す」「体軸が倒される」などの「運動の定義」を整理しておきたい。
というのも、あるスキー関係のサイトに、「体軸を倒す」と「体軸が倒される」の違いは存在しない・・・とする考え方が書かれていた。そんなはずは?!と思う諸氏もいるだろうが、軸を倒したいとスキーヤーが欲する限り、「倒して」も「倒されて」も、それは全て「倒す」という行為になる・・・という考え方である。それはそれで私は一理あるあると思うのだが・・・
・・・が、それでは話が進まないので、当サイトでは「操作」というものを以下の様に分けて考えたい。
①脚を伸ばす、腕を引く→などの仕掛ける操作「Do」操作
②腕を引っ張られる、身体を倒される→などの受動的操作「Let」操作
③スキーの動きに身体をトレースする(合わせる)→「中立」操作
それともう一点、先に押さえておきたいのは、今回の話題の中心は「エッジング終了から次のエッジングへの入り方」の局面だということである。大雑把に言えば、今回は「切替え」に関して書いているつもりだ。
言葉の使い方には注意しているが、エッジングについてなのか?切替えについてのか?場合によっては正確な表現が出来ていない場合もあるかもしれなが、ご了承頂きたい。
【軸を倒す】
「自然で楽なスキー」では、「ターン内側への落下」が、ことさらの様に強調されている。何か特殊な技術のように思えるが、単純に「体軸を倒すことにより角付け主体のエッジングする」運動だと考えて良いだろう。ただし、「自然で楽なスキー」では、外足中心ではなく内足主導で行なうという条件は付く。
ところが、昔からスキーにしろスノーボードにしろ、上体を倒す操作(重心を動かす)はNGだとされてきた。もちろん、膝下だけを倒したり、腰を落として腰から下だけで角付けするのも同様にNGとされてきた。
(※)「自然で楽なスキー」では体軸を活用することが前提である。
そのあたりを意識してか?「自然で楽なスキー」では「倒す」という言葉を使わず、意図的に「ターン内側への落下」という言葉に置き換えているのだと思う。つまり、「倒す」のではなく、内足をたたみ込む動作により体軸が「倒される」ということなのだろう。
また、「自然で楽なスキー」では、ある年は「起こし回転」がテーマになっていたことを考えると、体軸が自動的に倒され、自動的に起き上がる・・・ということをやろうとしていたのだと思う。
とはいっても、スキーの存在する足元に相対して、自分から体軸を動かすことに違いはないと思う。
(※)内スキーから内スキーへと乗換えるような切替を行なう場合、それは単純に、外足中心で体軸を倒して滑るのとはかなり違った意味合いを持つようになる。これは事実である。
では、以前にも取り上げた、カービングターンを多用して滑るスノーボーダーは、身体(体軸)を倒す意識で滑っているのだろうか?元々、サーフィンを由来としているスノーボードの場合、スキーのように左右の脚を独立させて操作ができないので、なおのこと、体軸を倒す操作が必要に思える・・・
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ボーダーは上体を倒す意識で滑ってるのだろうか?
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ここに「クロスオーバー」という運動が浮上してくる。
【クロスオーバー】
以前より、効率的なカービングターンを行なうには、スキーの滑走ラインと身体の移動するラインを交差させる「クロスオーバー」を意識することが大切だと言われてきた。
1994年日本スキー教程では、スキーヤーとスキーのポジションに関して、以下のような分類をしている。
①スキーを回転外側に動かす運動
②身体をターン内側に移動させる運動
この②がクロスオーバーということになる。このクロスオーバー・・・身近なところでは自転車やバイクでS字カーブを走る時に同じものを見ることができる。また、「自然で楽なスキー」の場合も、「ターン内側への落下」の例としてバイクのコーナリングが取り上げられている。
ところが、一方では上体を倒す操作(重心を動かす)はNGだとも言われている。だとすれば、スキー教程で「身体をターン内側に移動させる運動」を定義するのは、いったいどういうことか?
(※)身体をターン内側に移動させる行為と、身体を倒す、体軸を倒すといった動作が別物だと考える向きもあるだろう。しかし、スキーの角付けを切り替えるために、重心を次のターン内側に移動させるという点では全く同じ運動であると考えるべきだ。
また、このクロスオーバーは、カービングターンを行なうための最重要ポイントであるにもかかわらず、スキー教程では、その運動の解説のみに留まっている。適切なクロスオーバーがどういったものなのか?肝心な部分が欠落しているのだ。ネット上で検索しても、個人のコツとして紹介しているサイトがいくつか存在する程度で、クロスオーバーを系統立て説明したものが一切存在しない。実に不思議な話である。
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クロスオーバーの定義は大雑把である
系統立てた導入法が存在しない
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【上体を倒すこと】
基本的な話になるが、なぜスキーでは「上体を倒す操作」(重心を動かす)はNGなのだろう?
考えられる原因として、「目線が動く」、「重心が安定しない」など、理由は数多く存在する・・が、NGとされる最大の理由は、「内倒しやすく、後傾の原因となりやすい」ということに尽きるだろう。
つまり、「上体を倒す操作」はポジションに悪影響が出る・・・ということである。
自分の場合、1級に合格するまでの過程で観念的に「上体を倒す操作」がNGだと考えるようになった。前にも書いたが、1級に合格するまで、カービング病にどっぷりと浸かっていたのだ。
ある時、「倒さない、切らない、圧を求めない」ということに気付くと、突然、スキーが楽になった。「倒す」という操作は、中斜面では良いのだが、そこそこ斜面が急になってくると、どうにもならない。谷回りではスキーの圧が逃げてしまい不安定に・・・山回りではポジションが遅れる原因となった・・・
また、経験上、「上体を倒す操作」で滑った映像を見る限り、到底、効率的なスキーに見えなかった。
では、何をもって効率的だと判断したかというと、WCレーサーやデモンストレーターなどの映像が規準になっているのだ。このことを発展させて考えると、逆説的にWCレーサーやデモンストレーターは、自分から上体を倒す意識で滑っていない・・・ということも想像された。
一方で、WCレーサーやデモの滑りでも、上体を倒しながら滑っているように見える場合もある。ところが、それを真似て滑っても、似ても似付かぬ結果となるのは、多々、経験することではないだろうか?
【落とし穴・・・】
この映像はプロレーサー、ダイナマイト原田さんの撮影によるT.リゲティのフリー滑走である。
http://www.youtube.com/watch?v=KodShNsPvzA
この映像を見て、皆さんはどのように思われただろうか?「自然で楽なスキー」の言うように、両脚荷重比5:5で、内足主導で、体軸をターン弧内側にグイグイ倒してながら滑っているように見えなかっただろうか?
この映像に限らず、レーサーの滑りは、ほとんどこんな風に滑っているように見えるはずだ。ところが、ここに大きな落とし穴がある。
2002年頃だったか?八方尾根でFISクラスのGS大会があった際、ゲレンデをフリーで滑るレーサーを観察すると、そのほとんどが、両脚荷重比5:5で、内足主導で、体軸をターン弧内側にグイグイ倒してながら滑っているように見えた。私はFISクラスのレーサーが本当にそんなことをしているのか?不思議に思って、とあるジュニアコーチの知り合いに確認をしてみた。すると、全くそのようなことは無いのだという。
これには少々驚かされた。それ以降、機会ある毎にアルペンレーサーの滑りに関して調べるようになった。
すると、競技の世界では、比較的、バインシュピール系のスキー操作が重視されていることや、「自然で楽なスキー」が全く受け入れられていないことなどがわかってきた。
つまり、頭から倒して滑っているように見えるのは、見ている側の錯覚なのである。
この錯覚ともいえる状況がなぜ起こるのか?今のところ私なりの結論は出ていない。プルーク暴言・008号にも書いた通り、市野教授が長野五輪のGS、H・マイヤーの滑りを見て革新的滑りだと感じたことや、宮下征樹の滑りが雑誌上で、彼の意識とは全く別の評価・解説された・・・のも同様だといえる。
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頭から動いているように見えるが、ほんとうの見極めは難しい
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少し話は変わって・・・・
【バインシュピール系の落とし穴】
バインシュピール系の指導展開では、まずプルークボーゲンが基本とされ、スキーヤーの技術習得が進むにつれ、開いたスキーはパラレルへと変化し、両スキーが平行のまま滑るパラレルターンになるとされていた。
この過程で、プルークボーゲンから始めたスキーヤーは必ず「パラレルの壁」というものにぶつかる。
2本のスキーを大きくずらして滑っているうちは良いのだが、スキーヤーはある時から内スキーの処理に困るようになり始める。この時点でスキーヤーが覚えるのは、内足の持ち上げ操作である。
そして、慣れるに従い、ハの字に開いたプルークボーゲンのスタンスは狭くなり、次第に基礎的なパラレルターンへとへと変化して行く。
ところが、このプルークボーゲンからの流れをいくら洗練させても、クロスオーバー主体のパラレルターンにはならない。私はここに「第2のパラレルの壁」が存在すると考えている。
◆1990年技術選、田端夏葉選手
田端選手のこの滑りは「ウェーデルン」のお手本のような滑りで大変美しい。
「ウェーデルン」とはドイツ語で「尾を振る」という意味である。ドイツ語の意味の通り、スキーのテールを振った滑りとなっている。
この「ウェーデルン」、現在のカービングスキーを使った小回りと比べると違和感があるかもしれない。しかし、24年前は、小回りといえば「ウェーデルン」だった。
プルークボーゲンを洗練させると、最終的にはこのように、スキーをターン弧外側に押す操作に落ち着くことになる。(※)スキーを身体の外に押し出す操作。
悪く言ってしまえば、プルークボーゲンを洗練させるだけでは、ここまでが限界だということだ。その先に進むには、やはりクロスオーバーの意識が必要となってくる。
ところが、前に記述した通り、クロスオーバーの定義や導入法など、系統立てたものが存在しない。そこでついつい身体の方を動かしてしまう、変てこクロスオーバーが増殖してしまうことになる。
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ボーゲンを洗練させてもウェーデルンが限界である
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【第3の操作】
では、話は少し戻って、スキーを振らずに角付けを切替えたり、かといって、上体を倒さずに角付けを切り替えることなど可能なのだろうか?もちろん、膝下だけを倒したり、腰を落として腰から下だけで角付けするのはNGである。
ここに「自然で楽なスキー」の根本的な間違いと、加えて「バインシュピール系」の指導展開の盲点が存在する。
実は、スキーを動かさなくても、また、身体を倒さなくても、膝を折り曲げたり、腰を落とさなくても、角付けの切替えは可能なのである。それが「クロッシング」という考え方である。
「クロッシング」という言葉は、私のスキーの師匠である故・佐々木徳雄氏が使っていた言葉で、おそらくどのスキー技術書にも書かれていないはずだ。氏が「クロッシング」という言葉をあえて使ったのは、スキー教程で「身体をターン内側に移動させる運動」とされたクロスオーバーと分けて表現したかったから・・・だと考える。
1990年の技術選であっても、このような滑りも存在した。
◆1990年技術選、渡辺一樹選手
渡辺選手のこの時の滑りは、田端選手とは違い、スキーのテールがワイパーのように左右に振れる動きではなく、「スキー自体が泳いでいるように見える」点に特徴がある。
また、渡辺選手の場合、スキーの先がフォールラインに向くポイントが、田端選手のように身体の真下ではなく、身体の側方になる点に注目したい。
渡辺選手が使っているのは旋回性の良いカービングスキーではなく、200cmあったであろうトラディッショナルスキーである。
小回りといえば「ウェーデルン」だった時代に、このような技術で滑っていた渡辺選手の革新性は「宇宙人」と表現しても良いぐらいだ。まさしく「Mr.デモンストレーター」である。
この滑りは、身体とスキーが交差する「クロスオーバー」を見事に表現した滑りだが、この4年後の日本スキー教程に書かれるように、スキーヤーが意図的に動作して、身体をターン内側に移動させている滑りでもない。
要するに、スキーを振って角付けを切替えたり、かといって、上体を倒して角付けを切り替えているのでもないのだ。では、渡辺選手はこの時、どのような操作で滑っていたのだろうか?
「エッジングから抜け出したスキーが、次のターンの角付けのポジションまで自動的に動く」
スキー雑誌風に表現すると、「スキーの走りを利用してクロスオーバーを行ない、次のターンポジションまでスキーを移動させている。」のだ。
どんな感じかというと、身体の側方に位置したスキーが身体の中心に向って戻って来て、身体の真下をすり抜けて次の角付けのポジションまで勝手に移動するのである。
この時、体軸は動かない。動くのは脚部とスキーである。これら一連の動きを妨げないためにも、下半身をフリーな状態にすることが大切である。
最初に「操作」といものを3つに分類してみたが、スキーを振って角付けを切替えたり、上体を倒して角付けを切り替えるのは、全て「Do」操作に分類される。一方、この「クロッシング」だけが「中立」もしくは「Let」になる。
これは、ものすごく大きな違いである。
この観点で1994年度版、日本スキー教程に記述されていた、スキーヤーとスキーのポジションに関する下りを書き直すと・・・
①スキーを回転外側に動かす運動
②身体とスキーがクロスして、スキーが回転外側に出て行く運動
ということになるだろう。
【クロッシングは特殊な技術か???】
では、「クロッシング」は何か特殊な技術なのだろうか?実はそうではない。「クロッシング」というのは、ある一定のレベルのスキーヤーであれば、皆、誰もが行なっている操作なのである。
最近、とあるスキー雑誌の記事で、某有名スキーヤーが、切替えから次のターンポジションまで「スキーを射出する・・・」と表現をしているのを見つけた。まさしくこれが「クロッシング」だと、その時思った。
また、個人的には1998年11月にオガサカのプラスノーキャンプに参加した際、猪又一之デモが同じような意味合いのことを話しており、大変印象に残っている。
今から28年前の「Ski Now 86」のオープニングを滑る、斉木 隆氏も「クロッシング」を多用している。
↓「Ski Now 86」のオープニング
①http://www.youtube.com/watch?v=pC-gm6jvX5U
②http://www.youtube.com/watch?v=B3q3eXpqk2c
つまり、「クロッシング」は新しい技術でもなく、トラディッショナルスキーでも十分に可能な技術なのである。
要するに、スキー教程で「クロスオーバー」の定義が明確にされていないため、スキーヤーがクロスオーバーを「クロッシング」として会得するのは、個人のコツ所になっている・・・ということではないか。
これと同じことがゴルフにも見られる。「レイトヒット(振り遅れ)」の習得である。
ゴルフでは「レイトヒット(振り遅れ)」が重要視されるが、その割にアマチュアゴルファーの約9割が「レイトヒット(振り遅れ)」できてないのだという。もちろん「レイトヒット」がゴルフの真の目的では無いという理由もあるが、「レイトヒット(振り遅れ)」という形を真似ても「レイトヒット(振り遅れ)」にならない・・・というところに最大の難しさがある。
つまり、ここにゴルフの大きな壁が存在しているのである。
面白いことに、全てのゴルフ上達本に「レイトヒット(振り遅れ)」のことが書かれているが、どうすれば「レイトヒット(振り遅れ)」になるのか?という肝心な部分が書かれている上達本は、未だ私は見たことが無い。
つまり、何十万球も打つ中で、一握りのゴルファーが越える壁が「レイトヒット(振り遅れ)」だということだ。場合によっては壁を越えたゴルファー自身が気が付いてない場合もあるだろう。何となく、「クロッシング」の件と似てないだろうか?
こういった話は、スキーやゴルフに限らす、他のスポーツでも同様かもしれないが、少なくともスキーの場合、教程に順じた指導要領が存在するのだから、私の考えるこの「パラレル第2の壁」について、もう少し積極的な取り組みをすべきだと思う。
スキーは一般的スポーツとは異なり、人間が筋力を使って動いたり動かしたり・・・という切り口だけでは語りきれない部分が多い。少なくとも教程が存在する限り「体軸を動かすようなスキー操作はNG」という事ぐらいは、スキーヤーに認識させるべきだ。
さて、話はT.リゲティのフリー滑走の映像にまで戻る。
「クロッシング」の視点でリゲティの滑りを見てもらうと、彼が軸を倒して滑っているのではない・・・ということが見えてくるのではないだろうか?いかがだろうか??
【今回のまとめ】
①「自然で楽なスキー」で言う「「ターン内側への落下」のような滑り方は、カービング主体で滑るボーダーですら行なってない。膝下だけを倒したり、腰を落として脚部の角付けだけで滑るのもNG。
②旧スキー教程では、「スキーを回転外側に動かす運動」としてプルークボーゲンやシュテムターンが、「身体をターン内側に移動させる運動」としてクロスオーバーが紹介されている。
③カービングターンに欠かせない「クロスオーバー」だが、一方では昔から言われるように自分から動く操作はNGである。
④スキーを動かさず、また、自分からも動かずに、エッジの角付けの切替ができるのか?そこに「クロッシング」という考え方が登場する。
⑤「クロッシング」では、スキーが勝手に角付けのポジションまで移動する。
⑥パラレルターン第2の壁が「クロッシング」ではないのか?
ゴルフの「レイトヒット(降り遅れ)」に似て、詳しい解説がなされていない。
⑦スキー教程は、少なくともスキーを「筋力を使う運動」と見た切り口だけで語ってはならない。
Schi Heil !!